『軽度発達障害が背景にある適応障害への対応』
皆さんは「発達障害」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。今回のテーマは「大人の軽度発達障害」です。
話を具体的にするために、IT関係の企業に勤務する男性会社員(30歳)のケースを示します。彼は「緊張しやすい、眠れない」という訴えで、産業医から心療内科に紹介されました。本人から詳しく話を伺うと、国立大大学院を卒業後に今の会社に技術職として就職し、昨年基礎部門から最新システムの設計開発部門に配転になったのでした。新しい職場はそれまでとは違い、上司がよく叱責する人であっただけでなく、夜遅くなってから不意打ちのように仕事が入り、終電の時間まで働かされることもまれではなかったのです。
彼は、疲れがたまった上に、「いつ上司に呼びつけられて怒られるか」と緊張し、寝つきも悪くなりました。身体面も調べましたが、特定の疾患を思わせるような所見や検査結果はなく、症状は「適応障害」によるものと考えられました。適応障害は、ストレス要因に反応して情緒面・行動面の症状が現れ、本人が苦痛を感じるだけでなく、社会的・職業的な機能も障害されるというものです。そこで、本人への生活指導として、厳しい上司への対応法と緊張時の対処法を説明しました。また環境調整を産業医に依頼したところ、本人の希望に沿って配転が行われ、また当面「時間外労働なし」という就労制限が行われました。その結果、まもなく彼の症状は安定し、数か月で治療終結にいたりました。これで万事めでたし思われたのですが、その1年後産業医からの紹介状を持って彼が再受診してきました。紹介状によると、「組織再編に伴い、以前たずさわっていた部門に異動になった。仕事に適応できないらしく、だるさ、頭重感、腹痛、下痢を訴えている。再度診察してほしい」とのことでした。しかし彼の言い分は異なっていました。「自分では仕事はできているつもりだが、周囲からはできていないと言われ緊張する。周囲の態度こそ理不尽である」「もっと考えろ、もっと早く相談に来い、と言われるが、自分では何のことかよくわからない」と言うのです。そこで、再度産業医に情報を求めたところ、以下のような情報が届きました。上司の話では、彼は「やる気はあると言うが、人と組んで仕事ができない。できなくても困っていないのか、相談に来ない」「指示をよく理解しようとせず、自分勝手に目標を変えてしまう」「大切なことをしない反面、細かいことにこだわる」「理解のためと思って『ノートを持て』と言うと、ノートは持ってくるが肝心のメモを取らない」「2時間のミーティングの議事録を作らせたところ、7時間かかった」とのことでした。いったい彼に何が起こっているのでしょうか?
彼をよく理解するために、心理テストを施行しました。知能テストは123点で、知的にはとても優秀でした。AQテスト(自閉症スペクトラム指数)は33点で、軽度発達障害の存在が示唆されました。結論を言えば、彼には軽度発達障害の一つである広汎性発達障害PDDの傾向があり、それが自他ともに認識されていなかったために適応障害になったのでした。現在適応障害で事例化するケースの中に、彼のような軽度発達障害を背景とした人が少なからず存在します。事例化するまで、誰もそのようなことに気づかず、配慮もなされていないことが問題です。
軽度発達障害とは「ちょっと変わっている」と見られがちな人で、それにはアスペルガー障害を含むPDD、注意欠陥(多動性)障害(AD/HD、ADD)、学習障害(LD)などが含まれます。
このうちPDDは、女性より男性が多く、「マイペース、一人で行動することを好む」「純粋で一つのことを極める」「記憶力に優れる、反復作業を厭わない」「間を読むことや比喩表現が苦手」「暗黙の了解がわからない」「同時に複数のことができない」などの特徴が認められます。より詳しくみると、社交性の障害(人付き合いが苦手で、さびしいとも思わない。場の空気・間、文脈に沿った理解が難しい)、コミュニケーションの障害(言語を文字通りに取ってしまう。口調や抑揚、表情・身振り・手振りを用いた意思疎通が難しい)、想像力の障害(他人の気持ちを推し量ることが苦手。柔軟な行動が取れず、こだわりやすい。同じことを反復的に繰り返し、予定通りを好む)などの特性がみられます。このようなケースへの望ましい対応は、その特性をよく理解することです。周囲は本人に悪意がないことを知っておくべきで、そうすれば無用の立腹を避けることができるでしょう。その上で、具体的・規則的なことないし確認作業を任せる、仕事は区切って一言で指示し期限も指示する、言葉でなく文字・図・絵による指示を行う、批判・注意ではなく正解・オプションを示す、予定外の指示をせず予定・順序の変更をしない、遠回し・含みのある表現や比喩表現をしない、冗談は言わないなどの諸点に気をつければいいとされています。
ケースとしてみてきた彼は、その後どうなったでしょうか。産業医の先生は、職場の上司に彼の特徴をよく理解してもらうように熱心に働きかけました。そして上司の接し方を修正してもらったところ、よく適応できるようになり、彼の症状も消失しました。
文責(相談員) 江花 昭一